今年の冬は歴史が動く冬になるかもしれない

霧の無料写真

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世界はこの冬を耐えることができるか

ウクライナが9月10日に大幅に領土を奪還した*2。そこから進軍の勢いがとどまることなく、9月30日に要衝のリマンをロシアから解放した*3。そのような中、ロシアのプーチン大統領ウクライナの4州に対して9月30日「併合」を宣言し、自国に「編入」した*4。この急な「併合宣言」はウクライナの急襲により予定を前倒して行われた。

ウクライナの反転攻勢*5

リマンの位置*6

 

プーチン大統領はこの声明文の中で「あらゆる兵器」を使用する可能性を示した。「あらゆる兵器」の中には核兵器が入るだろう。この核兵器は、いわゆる原子爆弾ではなく、戦術核兵器と呼ばれる低出力核兵器が候補として考えられている。

 

ロシアはこの戦術核兵器を含んだ核兵器を使用するだろうか?

 

ゼロとは言い切れない状況になっていることは間違いない。

 

そのため、「どのようなタイミングで(戦術)核兵器が使われる可能性が高まるか」を考察する。

ここでは関係国がどこまで「追い込まれた」状況になるかという観点から考える。

 

ロシアが「追い込まれる」状態

ロシアが追い込まれる状態になるときは、次のケースが考えられる。

ウクライナはロシアに奪われた領土の奪還を目指している。現在のウクライナ軍は東部の一部の領土奪還に成功し、反対にロシア軍は兵器をそのまま置いて逃走するなど、統率能力の低下や人員の減少に悩まされている。その結果、ロシアは部分動員令が発令され、ロシア人の青年が軍に徴兵される状況になっており、ロシア人の国外脱出が報道されている。またプーチン大統領の「あらゆる兵器」発言もこのウクライナの進軍を受けてのものと考えられる。

ウクライナがロシアから奪われた領土にはいくつかレイヤーがあると考えられる。

それぞれの地域は今回の宣言で「併合」された地域、ロシア軍が「特別軍事作戦」をする理由となった地域、そしてロシア海軍黒海艦隊があるクリミア半島地域だ。

おそらく今回編入宣言をした地域を奪還された場合、(戦術)核兵器を使う可能性は低いと考える。それはこの地域がアゾフ海沿岸の支配を目的にした地域であり、かつ現時点でロシア軍が明確に支配をしている地域として編入した考えられるからだ。

旧ルハンシク、ドネツク民共和国の地域が奪還された場合、(戦術)核兵器を使う可能性は前者に比べるとわずかに高いと考える。そもそもこの「特別軍事作戦」が始まったのはこの地域をウクライナの「ネオナチ政権」から解放することだからだ。戦争目的であるこれらの地域が再度ウクライナに支配されることになれば、ロシアにとってこの戦争の大義がなくなる。

クリミア地域が奪還される可能性が出た場合、(戦術)核兵器を使う可能性が最も高いと考える。この地域は2014年からロシアが強権的に実効支配をする場所で、黒海艦隊の母港であり、地理的、歴史的にもロシアにとって重要度が高い。

 

しかし(戦術)核兵器を使うことは、今回の戦争のステップを数段上げることになり、民間地域に対する攻撃などが実施されるなど最悪の事態が起こった場合、NATOの直接軍事介入が考えられる。だがNATOも一枚岩ではない。ロシアと国境を接する国はロシアに強硬で、地理的に遠いイギリスやアメリカも比較的強硬だ。一方、ロシアにエネルギーを依存するドイツやイタリアは比較的ロシアに寛容であり、フランスはマクロン大統領がプーチン大統領と定期的に連絡を取り合っている。そのため、ヨーロッパが追い込まれた場合、またアメリカが追い込まれた場合、ロシアの(戦術)核兵器を使用するボーダーラインが緩まったり、ウクライナへの支援が減少する可能性がある。

 

ヨーロッパが追い込まれる状態

ヨーロッパが追い込まれる状態は今冬のエネルギー問題、インフレ、そして極右の台頭だ。

  • ロシアへの経済制裁によるエネルギー価格の上昇
  • COVID-19とロシア制裁によるインフレ
  • ヨーロッパ地域での極右政権樹立、極右政党の台頭

ヨーロッパは原子力を除き、天然ガスなどをロシアに依存していた。例えばドイツは2016年には原油の40%、天然ガス60%、石炭28%をロシアから輸入していた*7。そしてロシアに対する経済制裁の結果、ヨーロッパはロシアの資源の輸入を順次停止し、欧州各国の公共料金は上昇を続けている。例えばイギリスの電気ガス料金は80%引き上げられ標準家庭で4188ドルに達した*8

またCOVID-19の流行で上昇していた物価がロシアへの経済制裁によりさらにブーストしている。2022年8月のEU域内のユーロ圏消費者物価指数(HICP)は前年比9.1%上昇しており*9、エネルギーと飲食料を除いたコア指数も5.1%上昇している*10

HICPの時系列グラフ(https://www.ecb.europa.eu/stats/macroeconomic_and_sectoral/hicp/html/index.en.html

 

企業や店舗、家計に与える影響が長期化すれば、経済が混乱することが予想される。経済の混乱はよりポピュリスト的な政党の進出を押すことになる。そしてそれらのポピュリスト的な政党は右派や極右であることが多く、党や党首は親ロシア派が多い(例えばフランスのルペン、イタリアのメローニなど)。これらのポピュリスト的な右派や極右政党がヨーロッパ各国で増えれば、ロシアに対して団結した行動が難しくなる。その結果、ウクライナへの金銭、武器の支援も減少する可能性がある。そして、これらの可能性はロシアの選択肢を増やすことになり、NATOを内側から混乱させる効果を持っている。

 

アメリカが追い込まれる状態

アメリカが追い込まれる状態は、中間選挙によるトランプ派の勝利とアメリカ第一主義の復活とインフレ対策のための金利の引き上げだ。

  • アメリカの中間選挙でバイデン政権がまともに政権運営ができないほど共和党が支配的になる
  • 共和党の候補者のうち、MAGA(トランプ派)議員が議席を多く獲得し、時期大統領選挙にトランプ大統領が出馬宣言をして、ショーイズム的な政治と選挙が行われる
  • インフレ対応のためFRB金利を上げ続け、経済にダメージを与える

中間選挙は大統領選挙と大統領選挙の間にある連邦議会の上、下院と州知事選挙で2022年11月8日に予定されている*11。一般的に中間選挙は大統領選挙への熱狂が落ち着いたころに行われれるため、与党の議席が減ると言われている。今回も同様に共和党候補が民主党候補より議席を取ることが予想され、「ねじれ議会」になり、アメリカの意思決定が遅れる可能性がある。

特に今回の選挙ではトランプと政治的考え方が近い「トランプ派」の候補が多い。トランプが大統領選挙のときによく言っていた「Make America Great Again」から、「MAGA候補」と言われる。現在はMAGA候補の優勢が伝えられており、穏健的な共和党候補が出馬を取りやめる事態もおきている。MAGA候補が増えれば、トランプと同様、自国第一主義やロシアに対して穏健的な議員がアメリカに増えることになる。

最後に、このようなポピュリスト的な候補が増加するのは、アメリカの経済状況に原因があると考えられる。COVID-19の流行から世界各地でのロックダウンの影響でサプライチェーンが傷んでいる。また各国の政府が補助金を出しているため労働者が市場に戻らず、労働者の賃金が向上して物価が上がる循環が続いている。特にアメリカではインフレ率が8.3%で物価の上昇が深刻になっている*12

FRBはインフレの抑制のため、QE量的緩和政策)をやめ、QT(量的引き締め)、そして金利の引き上げに動いている。単純化すれば、金利の引き上げは債権金利の引き上げにも繋がり、米国債の需要が上がる。その結果、アメリカではドルが高くなり、その他の国は相対的に自国通貨安が起こる。金利と物価の上昇を中長期に渡ることはアメリカ経済にとって悪影響をもたらす。このような経済環境の中で、トランプ旋風のときに言われた「貧しい白人たち」が自国第一主義的なMAGA候補に投票することは想像に難しくない。

 

戦争が始まった当初、世界は協調してロシアに反対する姿勢を見せた。しかしCOVID1-19が流行してから感染症による経済へのダメージと、世界的な供給不足によるインフレが重なり、戦争の影響が広がる中、グローバル経済は徐々に閉じてきている。エネルギーや資源、穀物などの輸出を停止した国が出てきており、その結果、インフレに拍車がかかる悪循環が起き、一部の国ではデモや暴動がおきている。

経済の痛みは生活の痛みに直結する。これから北半球は冬を迎え、燃料の価格は家計に大きく響く。ロシアはウクライナを支援する国々の経済の混乱と自国第一主義の台頭を見逃さないだろう。ロシアへ融和的な政権が各地でできれば、ロシアの自由度は上昇する。ロシアへの反撃が少ないと思われれば、ロシアは躊躇なく(戦術)核兵器のオプションに手を出すだろう。

 

経済と家計が痛む冬にどれだけ耐えることができるか。

それが今後の世界の歴史を大きく動かす。

 

*1:https://pixabay.com/ja/photos/%e9%9c%a7-%e9%a2%a8%e6%99%af-%e5%b1%b1-%e3%82%b5%e3%83%9f%e3%83%83%e3%83%88-7482180/

*2:ウクライナ軍、電撃的な反転攻勢:https://graphics.reuters.com/UKRAINE-CRISIS/jnvwemlodvw/ja/

*3:再送ウクライナ軍、目標達成順調 リマン奪還はロシアに痛手=米国防総省高官:https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-usa-pentagon-idJPKBN2QY210

*4:ロシア、ウクライナ4州の「編入」を一方的に宣言 ウクライナNATO加盟申請を発表:https://www.bbc.com/japanese/63086836

*5:https://www.asahi.com/articles/ASQ9B031SQ99UHBI07B.html

*6:https://www.bbc.com/japanese/63106264

*7:https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2019html/1-2-3.html

*8:焦点:光熱費が欧州の家計直撃、シャワーは職場で食事は1回:https://jp.reuters.com/article/power-prices-fuel-poverty-idJPKBN2PZ09P

*9:ユーロ圏CPI速報値、8月は前年比+9.1% 再び過去最高更新:https://jp.reuters.com/article/ez-cpi-aug-idJPKBN2Q10VU

*10:ユーロ圏CPI、7月改定値は前年比+8.9% 過去最高更新:https://jp.reuters.com/article/euro-cpi-idJPKBN2PO0K8

*11:いったいどんな選挙?アメリ中間選挙の「基礎」を解説:https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/qa/2022/09/30/25701.html

*12:米の8月の消費者物価指数8.3%上昇 記録的水準のインフレ続く:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220913/k10013816811000.html